白雪姫はニヤリと笑う

「昔々。あるお城に、白雪姫という女の子がいました」
 友人は屈み、近所の子供達に「昔話」を聞かせ始めた。
 ああ、白雪姫か。あたしはベンチに座り、黙ってその友人の背中を見守る。
 彼女は高校からの同級生。現在、幼稚園教諭。昨日はあたしの三十路の誕生日を祝うと言って、一升瓶を持ってやってきた。ここまで言えばお分かりかと思うが、当然あたしに誕生日を一緒に祝う異性などいうものはなくて。ちなみに、余談ではあるが彼女も今現在独り身で。今って言うか、大分前から独り身で。・・・あたしもだけど。(墓穴)
 で、翌日が休日なのを良いことに「やってられっかー!!」と叫びまくり、荒れまくり、飲み明かした誕生日。そして本日、バッチリ二日酔い。あまりに気分が悪かったので散歩でもしようということになり、フラフラとやってきた近所の公園。
 そこで遊んでいた子供達を呼んで、彼女は唐突に「白雪姫」を話し始めたのだ。休日まで子供達と遊ぼうだなんて、本当に子供が好きなんだなぁ。うーん。感心。ちょっと彼女を見直した、あたしであった。あたしはどうも、苦手なんだよね。子供。どうしたらいいのか分からないって言うか・・・。可愛いとは思うんだけど、どうやって接したら喜ぶのか分からないって言うか・・・。それに比べると、彼女はさすがに扱い慣れている。
「それはそれは、とても可愛らしい女の子でした」
 彼女はニコニコと笑いながら、穏やかな口調で物語を進めていく。
 いいね。あたしは童心に返り、彼女の声に耳を澄ませた。白雪姫って言ったら、あれだ。雪のように白い肌。唇と頬は血のように紅く、髪は黒壇のように黒いんだっけ。うん。確か、そうだ。そうだった。
 うろ覚えだったあたしの「白雪姫」は当たっていたのかいないのか。彼女の、こんな言葉が聞こえてくる。
「彼女は艶々とした黒い毛を纏い」
 ・・・毛? おいおい、髪の毛って言えよ。
 綺麗じゃない言葉遣いに、思わず心の中で教育的指導。
 ・・・うん? ・・・纏い?
 思わず宙を睨んだあたしの耳に、とんでも無い言葉が飛び込んでくる。
「唇は血が滴り落ちて真っ赤でした」
「ちょっと待てー!!!」
 怯えて真っ青になる子供達の目の前から友達を引っ張り遠ざけ、あたしは思いっ切り叫んだ。
「ああああ、ああんた! 何話してるのよ!? どうして白雪姫がホラーになるのよ!!??」
「ホラー? ホラーじゃないよ。何でホラー?」
「何で!? ホラーじゃん!! どんな白雪姫よ!? 毛むくじゃらの口から血が滴ってる白雪って!!」
「・・・はん、これだから」
 けっ。と呟いてから、彼女は呆れた顔をして笑った。
「誰が人間だっていったのよ。犬よ。犬。犬の名前が白雪姫っていうのよ。そういう先入観、良くないよ。そういうのを子供の頃から教えて上げようと思って・・・」
「犬だとしたって、どんな野犬だ!! 今時、そんなに血液ダラリな犬がそこら辺を歩いているかー!!」
「生きるためには、仕方がない」
「そんなサバイバル精神は、今ここで説く必要ないから!!」
「・・・あー、もう。煩いなぁー。はいはいはいはい。分かりましたよー」
 ふん。と、一度鼻を鳴らすと、彼女は子供達の元に戻る。そして、ニッコリと笑って両手を合わせると、戯けた声でこう言った。
「ごめんね。お姉ちゃん、間違えちゃった」
 何が、お姉ちゃんだ。三十目前の癖して。
「外野、煩い。あんたなんか、もう三十になったでしょ」
 背を向けたまま、彼女がそう言う。・・・何で聞こえてるんだ。
 肩を強張らせ、彼女の背中を見ると、その向こうに怯えた表情の子供達。うわー!! どんな顔をしてるんだ!? あいつ!
「その、通りでございます!! 申し訳ございません!! っした!」
 慌ててそう叫んだら、子供達の肩から僅かに力が抜けたのが分かった。取り合えず、人間の顔に戻ったらしい。・・・何てヤツだ。人間業じゃない。
 彼女は、何事もなかったかのように物語を再開する。
「白雪姫は、美しかったので城を追い出され、森に迷い込みました」
 あー。良かった。まともになった。そうそう。美しさを妬んだ継母に、追い出されちゃうんだよねー。
 あたしはホッとして椅子に座り直す。
「深い森の中。白雪姫は心細くなりながらも果敢に前に進みます」
 おお。いいじゃないか。いいオプションが付いた。そうだよね。きっと、心細いよね。でも、進む白雪姫。うん。いいじゃん。さすが幼稚園教諭。
 そう思っていたら、予期しない言葉が聞こえてくる。
「その足に、何かが当たりました」
 ・・・うん? 何かが当たる? そんなこと、あったっけ?
 首を傾げたあたしに、更に予知せぬ言葉。
「白雪姫は、それを蹴り上げてみました」
 ・・・蹴り上げる・・・。随分、アクティブな白雪姫だ。
「それは、小人でした」
「待てー!!!」
 再び彼女を子供達の前から剥がし、教育的指導。
「どど、ど、どど、どんな小人だ! どんな白雪姫だー!!」
「深い森の中に、小人達は隠れてるんだよ。見えるわけがない」
「そういう矛盾の指摘は要らないから!! 全然必要ないことだから!!」
「えー? そういうところに疑問を持つことで、子供は成長するんだよ」
「それっぽいことを言っても、駄目ーー!!」
 思いっきり叫ぶと、彼女は「ちぇっ」と言って肩を竦めた。そして顔を逸らして、ふてくされたように返事をする。
「・・・はいはいはいはい。分かりましたよ。全く。自分の子供でもないのに煩いったらない」
「・・・」
 そういう問題じゃないだろ。てか、本当のお母さんだったら、こんなもんじゃ済まないですよ。本当に。
 そもそも、こいつ。ちゃんと幼稚園教諭出来てんのか? 今更、疑問。
 子供達の元に戻る彼女の背中を、あたしは疑惑満載で見つめた。再び、彼女の声が聞こえてくる。
「白雪姫を殺すため、魔女がリンゴを持ってきました」
 そうそう。毒リンゴね。ああ。戻った。良かった。
 相当な回り道・・・というか別の道を進んでは来たものの、まずは一安心。
「『お嬢さん。リンゴはいかが?』魔女はそう言って、リンゴを白雪姫に差し出します」
 そうそう。順調順調。あたしはウンウン、と頷く。
 で、「あら、美味しそう」とか言って、白雪姫が食べるんだよね。
「白雪姫は、それを手にとって言いました。『は? 何? 素リンゴ?』」
「おいーっ!?」
 又しても、あわてて子供から彼女を引き剥がす。そして「何? またぁー?」と呟く彼女の顔を、近距離で睨んであたしは言った。
「リンゴはリンゴだろ!! 何だ『素』リンゴって!! そんな言い方するかー!! うどんじゃないんだよ!!??」
「物事は正確に言い表さないと」
「それは正確とかいう問題じゃありません!! それから白雪姫、柄悪過ぎるから!!!」
「白雪姫も人間だからさ。表があれば裏もある」
「だから! そんな人生教育しなくて良いから!! 例えそうだとしても、今ここで出さなくて良いから! 裏側!!」
「・・・もー。そんなこと言ってたら、何のための昔話よ。人生の教訓を学ぶモノなのに」
「さっきからホント、最もらしいご意見をありがとう! でも、違うから!! 必要ないから!!」
「・・・ちっ」
「・・・ちっ、て言った? ねぇ? 今言った?」
「言ってません。あー。はいはいはいはい、言ってませんてば。本当に煩いね。あんた」
 そして彼女は戻り、最早耐えているとしか言えないくらいに強張った顔の子供達に続きを話し始める。
「『あたし、焼きリンゴかアップルパイじゃないと食べないわよ』」
「戻って第一声がそれかー!!」
 もう我慢限界!! あたしは彼女の服を引っ張って、公園から逃げるように走り出した。背後から、彼女の暢気な声が聞こえてくる。
「ちょ、ちょっとー! 離してよ! 服が伸びるじゃん!!」
「そんなことは、どうでも良い!!」
「まだ途中だったのにー!!」
「それは、もっとどうでも良いーー!!!」
 続きを聞くのが怖い。それなのに彼女は、あたしに引きずられながら続きを話し始めた。
「白雪姫はね。その後、ぽいってそのリンゴを目の前の池に投げるの。そしたらね。毒で魚がぷかりぷかり」
「ぎゃーっ!!!」
 聞きたくない!! 怖いー!!
 あたしは叫びながら走り続ける。しかし彼女の声は、あたしから離れない。しょうがない。あたしが引っ張ってるんだから!!! 子供達の人生のために、あたしは犠牲になるよ神様!! だから天国に連れてってー!! そしてどうか、こいつを地獄へ!!
「でね。白雪姫は魔女も落としてみるの。魔女は溺れながら白状します。『女王様が・・・女王さ・・・ぶくぶくぶくぶく』」
「いやー!! 魔女!! 魔女、生きろー!!」
 殺人事件!! サスペンス劇場!! 犯人は白雪姫ー!!
「えー? あんた、悪者好きなの? マニアックそうだもんねー」
「そういう問題じゃない!! 誰か助けてー!!」
「無理だよ。魔女、ご臨終」
 彼女は、引っ張られながらも器用に手を合わせる。そんなところだけ、どうして同情的な訳!?
「魔女じゃない!! あたしをだ!!」
「そして、白雪姫は隣の国の王子を色気で落とし」
 彼女、ノーダメージ。またしても続きを話し始める。信じられない白雪さんのお話を。
 色気で落とし? ・・・どうして、そうなる!?
 僅かに疑問であったが、あたしはそれを無視して叫んだ。
「もう良いから!!!」
「継母を討ち取る決意をしました」
 やっぱりそう来たか!! 的な展開を有り難うー!! そうは思っても、礼なんか口が裂けても言えるか!!
「もう止めてー!!!」
「そもそも何故、隣の国の王子に目を付けたかというと」
「目を付けたって言うな!」
 何て俗っぽい言い方! 名前が白雪じゃなかったら、昔話になんか聞こえない状態!
「その国にしかない『ピー』が、目当てでありました」
 裏返った声で、彼女は言う。「・・・は?」と言って、思わず彼女の顔を見たあたしに向かって、もう一度「ピー」。
「な、何じゃ、それ! 放送禁止用語!? 白雪姫に、そんな物出ない!!!」
「それを食べた女王は」
「た!? 食べた!? 女王何やってんの!?」
 あたしの突っ込みなど、ひたすらノーダメージ。彼女はしれっとした顔で、続きを話し始める。
「三日三晩苦しみ」
「ちょ!!? 止めて!! こわーっ!!!」
 あたしは必死に叫ぶ。そして泣きそうになった。幼い頃に聞いた昔話が、どんどん壊れていく。
 もう嫌だ! そう思っているくせに、どうしてか聞いてしまう、あたしって何!? 人間て不器用な生き物ー!!
「苦しみ抜いた末、笑い出しました」
 くふふっ。と、友人は自分が笑って肩を竦める。何が可笑しい!? お前は何がそんなに可笑しいんだ!? そう突っ込む暇もなく、ネタばらし。
「それは何と、笑い茸だったのです」
「ア、ホー!!!」
 あまりの展開に、あたしは手を離し、彼女の頭をピシッと叩く。
「あいたっ」と暢気な声を上げた彼女に怒りが倍増。公衆の面前にも関わらず、三十になりたてのあたしは大声で叫んだ。三十年生きてきて、まさかこんな事になるとは!!
「何だ、それ!! 何だ、そのオチ!! 大体、笑い茸って放送禁止用語!? てか、あんた直後にバラしてんじゃん!! 『ピー』の意味ないじゃん!!」
「え? ・・・もー。分かってないなぁー。物語には、落ちとか引っ張りが大事なんだよ。良いところでCMに入るのと一緒」
「あんた、どこのテレビ局の回し者よ!!? それに、オリジナルなニューアイテムを勝手に出すんじゃない!!」
「いいじゃん。そして、女王はいつまでも、笑って笑って笑いまくり」
「話を、そのまま進めるな!!」
「そして笑い声の絶えない城になりました。お終い」
「終わらすなー!!!」
「めでたし。めでたし」
「何にも、めでたくないだろーが!!」
「ね。ね。やっぱりさぁー」
 息を切らせて反論するあたしを見て、彼女は全然聞いてないような一言を笑顔で言う。
「最後はハッピーエンドが良いよね」
 ・・・何? その笑顔? その言葉。耳詰まってんのか? お前。そうも言いたくなる。
「あんた、ハッピーエンドだと思ってんの!? 本気で思ってんのー!!??」
「ハッピーじゃん。女王様は笑い、白雪姫もニヤリ」
「そんな裏がありそうな笑いで、何がハッピーエンドだ!!」
「何故ニヤリなのかといいますと」
「いや、そんなこと誰も聞いてませんから」
「王子の国を乗っ取り領地を二倍に広げ、ついでに笑い茸を手中に収めたから」
「極悪ーー!!」
 白雪姫、極悪ー!! どうしようもねぇ!!
「非道いねー。最低だよねー。白雪姫」
 同情するような顔で、彼女はあたしの顔を覗き込んで言う。あたしは肩で息をしながら大きく頷いた。
「ほ、本当だよ。最悪だよ。白雪・・・」
 そこまで言いかけて、あたしは我に返る。そして、もう一度彼女の頭をピシッと叩いた。
「いたっ。な、何すんのよー」
「あああ、危うく騙される所だった! 最低なのは、あんただよ! 白雪姫をそこまで改造できる、あんたが最悪だよ!」
「ひどいっ。あたし達、親友じゃない。昨日だって、二人で『貴方の』三十路を祝ったじゃない」
「人の歳を言うな!! じゃなくて、親友じゃない! 仮に親友だったとしても、今この場で縁を切る!!」
「えー。ちょっと待ってよ。それ、あんまりじゃん?」
「あんたのしたことの方が、よっぽどあんまりだよ! あんた、幼稚園教諭でしょ!?」
「だって、ストレス溜まるんだー。お母さん達、あたしよりも若い子なんかざらだよ? 何勝手に幸せになってるんだっ! て思ってさー」
「あんたに了解を得る必要もなきゃ、あんたには関係ない話だろ!」
「だから無関係な子供に」
「タチ悪ー!!」
 頭がイカレそうだ。あたしはもう耐えられなくなって半狂乱に叫ぶと逃げるように・・・というか、逃げ出した。彼女を置いて、その場から走り出す。
「いやーん。待ってー」
 その後ろを、彼女はヒールの高い靴で易々と付いてくる。あたしスニーカー履いてるのにだよ!? そんなお前が「いやーん」とか言うな!!
「ぎゃー!! 来るな! 追って来るなー!!」
「それが唯一無二の親友に言う言葉ー?」
「勝手に唯一にするな!! そんなこと、思ってない!!」
「あたしは思ってるよ」
「もっと嫌ー!!!!!」
 たーすーけーてぇー!! そう叫んだ自分の声が、どこかで反響している気がした。




続、幼稚園教諭の暴走。「ラプンツェルは激怒する」へ

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