2。

「そして美しく成長したかぐや姫は、求愛してきた五人の男にそれぞれ欲しい物を伝えました」
「・・・」
 あたしは布団に、くるまっていた。自分の家なのに、誰よりも小さく縮こまっていた。
 その目の周りには、良く漫画で見かける青あざがクッキリ。殴られると本当にこんな形で痣が付くのかー。へぇー。なんて、感心も感動もするか。するわけがない。
 勿論これは「帰れ」の後に、電光石火で飛んできたパンチの産物である。あたしが後ろに僅かに吹っ飛び、仰向けに倒れたのを見て「やっだー。避けると思ったのに」なんて、まるであたしが悪いみたいに言った、こいつのせいなのである。
 ちなみにその後、あたしは僅かな意識はあったものの動くことなど当然ままならず、ズルズルと引きずられるように目の前のドアを合い鍵で開けたこいつに連れ込まれ(勿論、ここのことである。あたしの家のことである)勝手に布団の上に投げられた。しばらくの後、ヨロヨロと何とか布団を体に巻き付け、現在に至るのである。
「あたしぃー。持って来れない物には興味ないわけ。分かる?」
 いきなり、かぐや姫。崩れたり。ギャルか。それともイケイケ女子高生か。
 つーか・・・イケイケ。そんな言葉を使うあたしは、やっぱり若者との歳の差を感じずにいられない。あー。若いって良いなー。肌はピチピチ。髪の毛サラサラ。
 そうじゃないだろ。あたし。
 現実逃避していたあたしは「女子高生」で思い出す。ああ。あの頃に。
 そして布団の隙間から外を伺う。彼女の全体は見えなかったが、膝の一部が見えただけでもう十分に疲れを覚えた。布団の中で顔を伏せて頭を抱える。
 あの頃に、こいつに会わなければ。こんな人生になっていなかったはずなのに。と。
「それぞれ、将来絶対に値上がる土地、有価証券。あとー世界一大きな天然ダイヤと地位と名誉。持ってきて」
 それはお前が欲しい物だろう。
 そう思いながら、あたしは怒りを覚える前に体から力が抜けていくのを感じる。何て欲深いんだ。大体、ただで土地が貰えるなら値上がりも何も無いだろう。どのみち得じゃないか。それを許さない、かぐや姫・・・じゃなかった。この幼稚園教諭。最悪だ。
 すると、その声が聞こえるわけがないのだが。
「早く持ってきてーっ」
 との声と共に、ゆっさゆっさ揺すられ始めた。何でお前に、あたしが。と思いながら顔を出すと「亀みたい」とケタケタ笑った彼女は、あたしに顔を近付けて言う。
「早くくれ」
「お前にはビタ一文やらねぇ」
 本当は、この部屋の空気も吸わせたくない。本気でそう思いながら言うと、彼女はあたしの首に指を絡めて言う。
「ならばあたしの吐いた二酸化炭素を吸わないように、あんたの息の根を止めてやろうか」
「ぎょえーーーっ」
 勿論、あたしは布団を押しのけて立ち上がった。そして「何でお前は、あたしの心を読むんだよーーー!!!???」・・・と、そう叫ぶ。
「やっぱりね」
 すると彼女は、どっかの白雪姫みたいにニヤリと笑って立ち上がった。
「お前には、この部屋の空気も吸わせたくない。とか思ったんでしょ。そうなんでしょ」
「・・・!!!???」
 何これ。誘導尋問か。そう思って口を押さえてしまったあたしは馬鹿だ。大馬鹿だ。
 そのあたしに一度ニッコリと微笑んでから、彼女は素早く飛びかかってきてあたしをひっくり返し、腕の関節技をバッチリ決める。そして彼女がキュッと僅かに力を入れると、引っ張られた腕に激痛が走った。いでーっ。いでででで!!! 何すんだーーー!!!
「土地も株もダイヤも地位も名誉もくれない上に空気まで駄目なわけ? そうなわけ」
「土地も株もダイヤも地位も名誉もあたしには関係ないし! 空気は好きなだけ吸って下さい! 吸えばいいじゃん! ユー吸っちゃいなよーーー!!!!」
 どっかの社長みたいな口調で叫びながら、ギブアップの証に床をバンバン叩くあたし。そして「ユー、だから力緩めなよー!」と叫ぶと、力を緩めて彼女が微笑む。
「じゃあ、この部屋に好きな時に来て良いって事? そうよね?」
「・・・」
 その笑顔にカチンときた。駄目だと言っても好きなだけ来るくせに、何言ってんだ! 本当はそう叫びたかったが、腕が大事なのでグッと堪えたあたし。そして、それでもどうしても嫌だったのでブンブンと首を横に振った。腕は大事だ。とーっても大事だ。
 でも、今後も大事だ。ここで「うん」と言ってしまったら、あたしの人生お先真っ暗だーっ。堪えろあたしーーっ。
「あ、そ」
 すると彼女は低い声でそう呟き、再びキュッと力を入れる。いでっっ。
「いでででででででーっ!!!」
 再びバンバンバン!! ギブギブギブ!!! と床を叩いた。
 すると彼女はふと、一瞬力を弱めて何かを考えるように宙を見た後、あたしの方を見てニッコリ笑う。
「あ。ねぇ。今、いいこと思い付いちゃった」
「いいい? いいこと?」
 お前の「いいこと」はオレオレ詐欺並に胡散臭い。そう思いながら彼女を見上げると、あたしの腕をちょいちょい動かしながら嬉しそうにこんな恐ろしいことを言う。
「この腕を限界まで引っ張ってみるじゃん? で、もしもしばらく使えないような状態になるとするじゃん? そうしたら、あたし色々手伝って上げるという名目でここに来れるじゃん? っていうか、来なきゃいけないじゃん? 責任つーの? ね?」
「!!!!!!!?」
 ぱく・・・。
 ぱくぱくぱく・・・・。と、瀕死の金魚よりも遅い速度でパクパクしたあたしは、彼女の信じられない言葉に残念ながら言葉も出ない。これからしようとしている暴力に、責任も何も無いもんだ。
 大体責任て、責任て、そういうことじゃないしそもそもあたしの腕痛められ損だしそれに来なきゃいけないとかあんたが勝手に言ってることだし余計なお世話だし来て欲しくないし痛めつけられたあたしどうなるか分からないし今より無力なあたしをあんた一体どうしようと。
「よーし。そうと決まれば」
 と、大きく息を吸い込んだ彼女の声に、人生の色々を考えていたあたしは目を覚ました。そして彼女が、あたしの腕を「おいしょー!」なんて掛け声と共に景気良く引っ張るつもりであっただろう直前に叫ぶ。
「来ればいいじゃん! 好きなだけ遊びに来て下さいよー!!!」
 気付いたら、あたしはそう叫んでいた。しかし、せずにいるメリットも最早一つもない。これが脅迫でなくて何なのか。
「わーい」
 とか言いながら、あたしの腕を離して万歳を繰り返す悪友の足下。
「・・・ううううぇーん・・・」
 とか言いながら、痛む腕を足に挟んで、あたしは泣いた。女三十歳。こんなにマジ泣きするのは久しぶりだ。失恋でも失業でも何でもないのに、何でこんな所でマジ泣きだ。
 そう思いながら、それを拭おうとして目の周りの痛みに気付く。そうだ。パンダ目になっていたんだった。ということは。
 泣くこともままならない。泣いて腫れたりしたら、この青あざも悪化する・・・かもしれない。するだろう。きっと。取り敢えず痛いだろう。良いことはないだろう。そう思い、泣くことも諦めた。
 そしてあたしの体はクラゲになった。クラゲになるしかなかった。
 つまり成す術無く、完全に脱力して床に伏したってことだ。誰かあたしを助けて下さい。別に白馬の王子様じゃなくても良い。こいつに勝てる人間なら。




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