1。

「昔々、あるところに爺さんと婆さんが居ました」
 聞きたくない。
「お爺さんとお婆さん」すら崩れた昔話など、聞きたくない。しかしここは、あたしの家。何処に逃げられると言うのだろう。
 あたしは布団の中で丸くなりながら耳を塞ぎ、ひっしに「それ」に耐えていた。「それ」というのは、幼稚園教諭のあいつが話す、世にも恐ろしい昔話のことである。なまじっか知識があるだけに、弄る対象には事欠かないらしい。嫌なことがあったのか、それともただ単に思い付いたからなのか、とにかくあたしをターゲットにたまに昔話を語る幼稚園教諭。ヤツは無断でうちの合い鍵を作り、好きな時に入ってきて好きな時に昔話を話し出す。これが疫病神じゃなかったらなんなのか。
「爺さんは竹取りでした」
 どうやら、今回は「かぐや姫」別名「竹取姫」らしい。とうとう日本上陸。聞きたくねぇーっ。
 あたしは心の底からそう思うも、どうしてか聞いてしまうその昔話を呪いだと思いながら、布団の中で一層身を小さくする。
「『竹は良いから、タケノコ取って来いや』という婆さんの言葉に見送られ、爺さんは『けっ。やかましいんじゃボケが』と悪態を付き、山に向かって歩き出しました。二人は、近所でも評判の夫婦でした」
 ああ、そう。そうなの。そうでしょうね。当然、仲が良いとかおしどり夫婦とか、そういうんじゃないのよね。あの夫婦、年は取っても危ないことには変わりなし。事件を起こしたら真っ先に「いつかはやると思ってました」って言われるような有名夫婦なのね。
 そう思いながら、新聞の三面に顔写真が出る日を想像したあたし。いや、おい。かぐや姫はどうした。
 ・・・っていうか、主人公が出る前から、この状態。怖いよー・・・。
「爺さんは山に着きました。実際、働く気は皆無でした。定位置に腰を下ろし、一服し始めます。ぷかりぷかりとタバコの煙が竹藪に漂いました」
 ぷかりぷかり。何気に昔話っぽい言い回しが余計にむかつく。そんなところばっかり昔話の面影を感じさせやがって。
 そんなことを思って胃の凭れみたいなムカツキを持て余していたあたしに向かってか否か。彼女は抑揚のない声でこんな続きを口にする。
「その時です。爺さんは何かに気付いて眉をひそめ、それが気のせいじゃないと分かってタバコを投げ捨てました」
 昔話の面影撤回! 爺さん、マナーがなってねぇ!! 昔話以前に、人間として爺さん宜しくなーーい!!!
「・・・」
 むむむ。タバコ嫌いなあたしは、目だけを布団から覗かせた。ちなみに今現在、日曜日の朝、八時。休みの日を邪魔されて、しかもこんな昔話を聞かされて機嫌が良いわけがない。我慢するのも限界。そして、幼稚園教諭をじろりと睨む。
 見ると、彼女は昔話をしながら、あたしが買っておいたファッション誌を捲っていた。そして、全員プレゼントの応募要項ページをビリッと容赦なく切り取っている。
「おいーーー!!!」
 きっさまー!! 何してんだ! それ、昨日買ってきたばかりの、あたしも読んでない雑誌なんだぞ!!! そう叫んで、あたしは布団をはね除けて仁王立ち。
「あれー? 起きてたのー?」
「何が起きてたのだ! お前が入ってきて勝手に冷蔵庫から卵を取りだし目玉焼きにしてトーストと朝食を摂ったのも知ってるわ!!!」
「そうだったのー? だったら声かけてくれれば良かったのにー」
 そういいながら、彼女は切り取ったページを素早く畳み、鞄の中に突っ込んでいる。
「・・・っっっっっ」
 怒りゲージマックス。もう、言葉も出てこない。有り体な言葉ではこの怒りを表現することは出来ない。だったら出さない方がましだ。
 肩を震わせて真っ青になった(であろう)あたしはギリギリと歯軋りをかまし、大きなため息を付いて再び布団にくるまった。くそぅ。くそーーーぅ! と思いながら。
「何だー。また寝るのー? じゃあ、あたしが昔話をして寝かせて上げるよ。朝食の御礼に」
「それは礼じゃなくて余計なお世話だからさっさと帰れ」
 しかし例の如く、彼女は人の返答をスルー。何がそんなに嬉しいのか、ちょっと高めの声でリズム良く喋り出す。
「ジジイが見付けたのは光る竹でした」
「おまっ」
 余りにもビックリして、あたしは再び顔を上げる。そして、止まらなくなってしまった突っ込み気質は考えるよりも早く口から言葉を出していた。
「昔話で『ジジイ』とか言うな! 大体それ、レギュラーな登場人物の扱いか!」
「今日は、ほら。大人の昔話だから」
「あたし向けに。みたいな気遣い不要!!! 大体それ、大人とか子供関係なく、ただ言葉が乱暴なだけですから!!!」
「あんたは一番、この言葉が親近感感じるかな思って」
「あたしは元不良か!」
 ジジイとかババアとか、そういうことを言っちゃ駄目でしょ! 人生の先輩達敬わないと駄目でしょー!? と、あたしはもっともなことを言ったのでありますが。
「いやいやいや。ご謙遜を。元じゃないでしょー。現役なくせに」
 の言葉にプッツン。
「だったらこんな我慢せんと、実力行使でお前を追い出してやるわーー!!!」
 と、あくまでも似非ではありますが暴力に打って出たのでした。・・・が。
「ちょっとー。やだ、やめてよー」
 という、いつかも同じ様な目にあったのですが、のんびりとそんなことを言った彼女に軽く腕を捻られ、悲鳴を上げて突っ伏したのでありました。


「挙動不審に辺りを見回しながら、ジジイは光る竹に近付きました」
 絶対間違いなく不良な彼女。それなのに幼稚園教諭な彼女。目の前に(彼女のせいで)倒れている友人を放っておきつつ、昔話再開。
「光り輝く、不思議な竹。それを見ていたジジイはニヤリ」
「・・・」
 ニヤリ。どっかの姫さんもそんな擬音語を使っていたが、嫌な響きである。これを使うヤツは、百%の確率で真っ当なことを考えてはいない。
「こりゃー金になりそうだわい。ひっひっひ」
 やっぱりな。爺さん、完全に悪役決定。こいつの次に殺したいくらいにブラックな人である。
「ジジイはその光っている部分を傷付けないように気を付けて切り取り、そして町に向かいました」
 そんなところばっかり丁寧な仕事ですか。爺さん。
「それは大層珍しがられ、それはそれは高値で売れました」
 売っちゃった。爺さん娘、売っちゃった。
 かぐや姫。哀れ。主人公にもかかわらず登場せずに退場。
「その金でジジイは海外に高飛びし」
 犯罪者かよ。
「カジノで大枚を失い」
 駄目人生まっしぐら。
「酒に溺れ」
 人って弱い生き物ですね。
「だからといって病気一つすることなく」
 人生って不公平です。
「追ってきたババアに耳を捕まれ『母ちゃん、堪忍!!』と叫びながら我が家に強制連行されました」
 ジャイ○ンかよっ。
 ・・・限界。ぜーはーぜーはー。口には出さなかったものの突っ込み疲れたあたしは、布団の中で肩を震わせた。
 そのあたしを布団越しにポンポンと叩きながら、彼女は悟ったように呟く。
「ねー。夫婦って不思議だよねー・・・」
 え? 何その、「何だかんだ、喧嘩しつつもお互い支え合ってる美しい夫婦愛」を見たみたいな感想は。何度も言うけどお前、表情と言葉を出す場面を時々間違えてるぞ。
 そう思い、思わずキラキラしている彼女を呆れた顔で見上げたあたし。
 そのあたしに気付いたか、彼女はあたしを見下してボソリと呟いた。
「何? きったない顔して」
「もう良いから帰れや!!!! そして二度と来んなーーー!!!!」
 あたしの剣幕が、かつて見たこと無いほどに凄かったからなのか。
 それとも昔話が一段落したからか、彼女はあたしが押し出すと素直に玄関を出ていった。しかし彼女が、買ったばかりの雑誌を盗んだのは大分後で気付く話。どうやら他にも興味がわいたページがあった模様。あいつ、本物のスリレベルに手癖が悪い。手癖だけじゃないけどっ。どうでも良いけどーーー!!!
 ただただ願うのは、もう二度と来ないと良いな。ということだけである。


 そして、それが叶わぬ願いであったと知ったのは、次に彼女に会った時。翌週の日曜日の話である。
 もう買う気にならなくて立ち読みした着こなしのページにあった服をそのまま着て、彼女は再びあたしの家に現れた。
 開口一番。挨拶もせずにこんな事を言う。
「あたし、思ったんだけど」
 そしてコンビニの袋を下げたきったない格好の引きつったあたしに、彼女は男に媚びるような上目遣いでこう言った。
「かぐや姫が出てこない竹取物語なんてして、幼稚園の先生失格よね?」
 だから改訂版を話に来たわ。
 そう言った彼女に、あたしが言える一言といえば。
 お前は既に失格だ。というか、それ以前の問題だ。そんなまともな一言であっただろうか? 否。
「帰れ」




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