7、混乱。

「恵実!! 恵実!!」
 聞き慣れた声に、まるで起こされるかのように、あたしは覚醒した。

「恵実!! 恵実! ああ、目を覚ました! 大丈夫!?」
 薄目を開けた、あたしの顔を覗き込んだのは、お母さんだった。上にある蛍光灯が逆光になり、少し顔色が悪く見えたのは、真実か、否か。そんなことを、ぼんやり考える。
「恵実!」
 その声に視線を向けると、お父さん。二人の顔色は、同じに見えた。
 そして瞼は力を入れなければ開かないと、ぼやけた視界でしばらく過ごして、気付いた。
「・・・お父さん・・・おか・・・」
 しかし、二人の視線はすぐに逸れた。「先生!」「看護士さん!」と、呼んでいる声がゆらゆらと揺れる水面のように遠くなったり近くなったりしながら、耳の中に入ることはなく響いていた。
 ここは、どこ。
 白い天井。見慣れない部屋の中。それを見上げながら思う。
 あたしは・・・一体・・・?
「先生! 恵実が・・・」
「先生!」
 先生?
 その意味を計りかねて、誰が来るのだろうと顔を動かした。でも、見えない。興味が体を動かし、無意識のうちにあたしは起き上がろうとしていた。
「恵実、起きない方が良いぞ」
「ああ、看護士さん。恵実がっ」
 ・・・看護士さん?
 父親の手が肩に置かれて、あたしは再び横たわりそうになる。
 なって、気が付いた。それは脳に浮かぶのと声に出るのと、どちらが先かを競うように音になる。
「幸ちゃん・・・」
 ざわざわっ。
 心が騒いだ。ぼやけていた視界は力を増し、そして急に原色の様にクリアになる。その色彩に、眩暈を覚えた。
 気が付けばあたしはお腹に力を入れて、お父さんの手に逆らいながら叫んでいた。意識を、それで繋ぐように声を上げた。
「幸ちゃんは!?」
 あたしの声に、その病室は一瞬で静まり返った。
「幸ちゃんは!? 一緒にいたでしょ!? 幸ちゃんはどこ!!??」
「め、恵実、落ち着きなさい・・・」
 落ち着け? 何を言っているの!?
 もどかしくてしょうがなくて、あたしは発狂したように叫んだ。
「幸ちゃんはどこ!? 幸ちゃんは!!??」
 お父さんの腕を掴んで、愚図るように叫んだ。
「落ち着きなさい! まずは、お前の検査が済んでからだ!!」
「いや!! 幸ちゃんはどこ!? どこよ!!」
 泣き叫び、あたしは触れようとした医師の手も払って叫ぶ。
「幸ちゃんに会わせて!! 会わせて!!!」
 その言葉に、一瞬みんなが困ったような顔を見合わせたのを。
 あたしは見逃さなかった。

 ・・・嘘・・・でしょ?

「・・・やだ・・・っ」
「先生!! 先生! 幸一郎が!!」
 呟いた時。
 そして、それが悲鳴に変わる寸前、だった。
 そう叫んで部屋に飛び込んできたのは、幸ちゃんのお母さんだった。
「目を! 目を覚ましました!! 早く来て下さい!!!」
 幸ちゃん・・・?
 まるで悲鳴のようなその声に、あたしは引っ張られるかのようにベッドを下りる。
 その瞬間、足に鋭い痛みを覚えて崩れ落ちた。白くて冷たい床に手を付いて、自由の利かない自分の体に目を丸くする。
「足を挫いてるんですよ」
 そう言って、看護士さんが手を貸してくれた。お父さんとお母さんは呆然と突っ立ったまま、何も出来ずに目を丸くしている。
「ありがとうございます」と、他の言葉と、あたしの中から出ようとする言葉は順番を譲り合って、結局どちらも出てこなかった。それが表情になって現れていたらしい。
「大丈夫。骨に異常はありませんから」
 そう言って彼女は笑う。その時やっと、お父さんとお母さんは苦笑いをして顔を見合わせた。
「こ、幸ちゃんは・・・?」
 彼女のその笑顔に、あたしの恐怖は僅か、薄まる。
「目を覚ましたようですね」
 ため息混じりに彼女は言って、進み始めた。
「しょうがない。一緒に行きましょうか」




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