4、過去。か、現在。

 雨が降っていた。

「恵実」
 改札を抜けると、幸ちゃんの声が聞こえた。
 雨が降っていた。雨漏りなのか誰かの傘の水なのか。辛うじてと言えど屋内の改札口なのに、屋根の下にも関わらず水たまりが出来ている古くて小さな駅の中。一時間に五本しかないローカル線は、あたしと数人を降ろして、とっくに去っていった。
「幸ちゃん・・・」
 思わず零れる笑みを相変わらず隠すことも出来ずに、あたしは幸ちゃんの前に行く。
「おかえり。ほら。傘」
「有り難うー」
 帰ってきた。幸ちゃんに会うと、あたしは何よりもそう思う。
 家に帰るのと同じ。安心出来る場所に帰ってきた。それを、いつだって喜んだ。それが幸せの形なのだろう。当たり前だとすら思わない、この大きさの喜び。
 幸ちゃん。あたしがそんな風に帰る場所を、幸ちゃんは作ってくれていたんだよね。きっと。ここに帰ってきて良いよ。って、そういう風に迎えていてくれたんだね。きっと。
 この安心感は、世界中きっとここにしかない。毎日会っていても、何度経験しても、この気持ちは変わらない。慣れることも、当たり前だと忘れることも、あたしには出来はしない。この浮き立つ気持ちが無くなることはないから。いつだって余りある幸福を、あたしは腕いっぱいに抱きしめて笑う。
 ただいま。そう言いながら、それを受け取った瞬間。
 ・・・だった。

「・・・?」
 ぴん。と、まるで何かに弾かれたかのように、あたしは反応した。それは心を乱し、しばらく噛んで含めれば分かる、苦くて不味い、嫌な予感。これが何かと言うことはハッキリと分からなくても、今すぐに吐き出してしまいたい味の何か。

 予感、というか。
 まるで予知夢を見たような感覚。一瞬だけ「見た」ような気がして。その映像に、きっとあたしは心を乱されて。迫り来る感覚が口を渇かし、やってきたのは息苦しさと不快感。
 予知夢。そこに、あたしは、何を見たのか。
 ・・・予知夢? ・・・幸ちゃん?
 呼びかけると、どこかで見た風景のように、脳裏にかすかに残ったそれは、逃げる影を見せるように、たった一瞬、甦った。
 自分の手。傘を受け取った、その手。見えているのは、その筈と。
 意識が飛んでから気が付いた。

 一瞬霞んだ、その視界の向こうに。
 激しい音と闇が映った。




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