3、近い過去。

 幸ちゃん。幸ちゃん・・・。

 あたしの呼び方を、中学生になった幸ちゃんは「めぐちゃん」から「恵実」に変えた。照れ臭いって言って、急に呼び捨てにした。でも、あたしは「幸ちゃん」のまま。
 幸ちゃん。でも幸ちゃんは、そうやって呼ぶあたしを嫌がらず、いつだって振り向いてくれてたね。学校で、気を使って小さな声で呼ぶあたしに気付いて。そんなあたしの顔を見て、笑って。
 幸ちゃん。手を繋ぐこと、無くなったね。公園に行くこともなくなった。けれど並ぶ二つの影は大きさを増して、まるで繋がっているかのように近くて。
 あたしはその大きな靴や、見上げる横顔や、変わらない夕日を目に焼き付けて。
 いつまでも、こんな日が続くと良いなって。
 同時に無くなる日のことを思って不安にもなって。
 子供の頃から抱き続けてきた希望と不安は、ずっとずっとこの胸にあって。
 幸ちゃん。
 ねぇ。幸ちゃん。そんなあたしに気付いていたのかな? よく、あたしが見上げているのに気付いて、こっちを見て、可笑しそうに笑ってたよね。


 高校生になって、とうとう学校は別れてしまった。幸ちゃんは自転車通学。あたしは電車通学。
 互いに高校が決まった時、あたしの中に生まれたかつて無い大きな不安を、幸ちゃんはきっと知らないね。これで、まるで当たり前のようにゆっくりと小さく消えていくかもしれない二人の関係を思って、友達がろくにいない高校に行く不安よりも辛くて、寂しくて怖くって。
 入学式の帰り道。一人で歩く、駅からの帰り道。泣きそうになった。寂しくて。こんな風に、終わっちゃうのかなって想像してやりきれなくて。
 そんなあたしに、幸ちゃんは何でもない顔で会いに来てくれた。まるで幼い日々、公園で泣いたあの日に重なるように。真新しい高校の制服を着て。
 あたしの顔を見て、開口一番こう言った。
「何、泣きそうな顔してんの?」
「べ、別に」
 ビックリして、でもとてつもなく嬉しくて。泣きそうになって。
 正直にはとても言えなくて、入学式で緊張したからって、嘘付いた。

 やがて学校が通常授業になって、部活もやるようになって。
 遅くなって、暗くなってから帰る、あたしを心配して、駅に迎えに来てくれるようになったね。「母さんが迎えに行ってやれって言うから」って、一番最初の時だけ言い訳して。その後は、何も言わずに迎えに来てくるようになった。
 でも、知ってた? 幸ちゃんが心配してくれるのと同時に、あたしは幸ちゃんのこと、心配してた。暗い道を迎えに来てくれる途中、大丈夫かなって。
 駅に幸ちゃんの姿がないと、たまらなく不安になってた。すぐに姿を現してくれることを知りながら、それでもいつも。

 幸ちゃんはあたしにとって、凄く大切な人だから。それは恋人とか、彼氏とか。家族みたいなとか、兄妹みたいとか。そういうことじゃなくて。
 分かるかなぁ? 幸ちゃんと一緒にいる時間が、どれだけあたしを幸せにしてくれているか。
 分かるかなぁ。




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